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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1651号 判決 1964年6月24日

理由

一、約束手形金請求について

満期、振出日および受取人の各記載を除くその他の表面部分の表示がいずれも真正にできたことに争いのない甲第一号証の一と、原審における被控訴人および控訴人各本人の供述とをあわせ考えると、控訴人は、昭和二十九年四月十日頃被控訴人主張どおりの白地手形を作成して被控訴人に交付し、被控訴人は、その後右白地部分をその主張のとおりに補充したことが認められ、右控訴人本人の供述中右手形振出の時期に関する部分は採用しがたい。

ところで控訴人は、右白地部分の補充は補充権の消滅時効完成後にされたもので、その効力がない、と主張するから、この点について考える。白地手形の補充権は形成権ではあるが、補充権授与という「手形に関する行為」に準ずる行為によつて生じ、その行使によつて手形上の権利を発生させるものであることと、手形法が手形上の権利に関し特に短期時効の制度を設けていることとにかんがみると、右補充権の消滅時効については、商法第五百二十二条の五年の時効に関する規定の準用があるとするのが相当である(最高裁判所昭和三六年一一月二四日判決、民集一五巻一〇号二五三六頁以下参照)。本件手形では満期が白地とされていたのであるから、その白地補充権の消滅時効は、右手形が被控訴人に交付された昭和二十九年四月十日頃から五年の経過によつて完成するものと解すべきところ、前記の白地補充がいかなる時期に行なわれたかについては、被控訴人によつて補充された本件手形の振出日が昭和三十七年十月一日、その満期が昭和三十八年一月十日であることに徴して、その補充は、右時効期間が経過した昭和三十四年四月十日頃以後に行なわれたものと推認することができる(この点について被控訴人は何も主張立証していない)。

このように、被控訴人のした本件手形の白地補充は、補充権の時効完成後に行なわれたものであるから、本件手形の受取人たる被控訴人としては、他の争点につき判断するまでもなく、その振出人たる控訴人に対し本件手形上の請求をすることはできないものといわなければならない。

結局、被控訴人の本件手形金およびこれに附帯する遅延損害金の請求は、失当であるから、棄却すべきである。

二、売買代金請求(予備的請求)について

控訴人がメリヤス製造販売を業とする商人であることは当事者間に争いがなく、被控訴人の同種の業を営む商人であることは弁論の全趣旨から明らかであり、被控訴人が昭和二十九年一月二十九日その主張の毛糸三百ポンドを代金三十七万二千円で控訴人に売渡したことは、当事者間に争いがない。

そこで控訴人の代物弁済の抗弁について考えるに、控訴人が昭和二十九年五月頃その所有のメリヤス製造機械五台の所有権を代物弁済として被控訴人に譲渡したことは、当事者間に争いがないけれども、それが前記売買代金の全額の代物弁済としてされたことは、前記の控訴人本人の供述によつてもはつきり認めることができず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて前記の被控訴人本人の供述によると、右機械の譲渡は、一台金一万円の割合で右代金中内金五万円の代物弁済に供する趣旨でなされたものであることが認められる。

次に、控訴人の時効の抗弁およびこれに対する被控訴人の再抗弁について考える。

前記の被控訴人本人の供述によると、本件売買取引では代金の弁済期は昭和二十九年四月六日の約束であつたことが認められ(右弁済期が控訴人主張のように同年一月末日であつたことを認めることのできる証拠はない。)、右代金債権が民法第百七十三条第一号の債権であることは、上記認定の事実関係から明らかであるから、右代金債権は、前記の代物弁済による支払金五万円を控除した金三十二万二千円について、右の弁済期または昭和二十九年五月頃(前記代物弁済についての被控訴人の主張が、控訴人において、昭和二十九年五月頃代金債務を承認したことを理由とする時効中断の主張をも含むものと解した場合)から二年の経過によつて消滅時効が完成したものといわなければならない。

ところで、控訴人が右時効完成後の昭和三十七年十月一日金一千円を被控訴人に支払つたことは当事者間に争いがなく、前記の被控訴人本人の供述によると、被控訴人が同日控訴人方に赴いて本件残代金の支払方を請求したところ、控訴人はその支払義務を否定するような態度にでることなどなく、「残代金は一時に支払うことはできないから、家族と相談のうえ返事をする」旨を述べ、とりあえず右の金員を代金の内容とする趣旨で支払つたことが認められる。このような事実からすると、ほかに別段の事情の認められない本件では、控訴人は同日本件売買残余金について債務を承認して時効の利益を放棄したとみるのが相当である。前記の控訴人本人の供述中、右認定に反し控訴人の主張にそう趣旨の部分は、にわかに採用しがたい。

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